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「・・・・・・」
やや灰色に透けた髪。澄んだ碧と、狡猾に混ざるグレーが織り成す力強い瞳。
誰もが羨望し賞賛する跡部財閥の御曹司、氷帝学園生徒会長、そして強豪テニス部部長跡部景吾は、しかし今その端正な顔立ちを大きく歪ませ、身近な人間にもほとんど見せない心からの不機嫌を滲ませ、慣れ親しんだ自室に佇んだ。
正確には、慣れ親しんだ自分のベッド、だ。
赤を基調としたキングサイズの天蓋付きベッド。埋もれそうな程ふくよかな羽毛布団ひとつ取り替えるだけでもメーカーが出向きあれこれと御託を並べ、沈んでしまいそうな程やわらかなスプリングマットのシーツは使用人が毎日取り替えとメイクを怠らず、ベッドはそんな物知り得ないとでも言うようにシワひとつ主人に見せつけない。
見せつけない、はずだった。
「くぅ・・・ぅん」
こんもりと膨らんだ布団の中で、もそもそと何かが動く。
居心地の良さは何より主が知っている。至福の眠りを堪能しているらしいその吐息に、跡部のこめかみに亀裂が入った。
切れれば一瞬である。
「この馬鹿女!」
「ぎゃいんっ!!」
豪奢な刺繍入りの布団に、思い切り右足を振り下ろす。中でこもった犬のような悲鳴が上がった。
瞬間、膨れたそれが隠れ蓑を振り払い、跡部に必死の形相を向ける。
華奢な手足。それこそ子犬のように丸くあどけない瞳。全力で威嚇しているらしいが、持ち前の形容プラス慣れで跡部にはひとかけらも通用しはしない。
なにせ付き合いが長すぎるのだ。
「あーとーべーひーどーいーっ!せっかくものすごく気持ちよく寝てたのに!」
「人に家に部屋の主人が帰ってくる前にずかずか上がり込んで寝床我が物顔で占領して、どこの口が言いやがるこの馬鹿!」
「また馬鹿って言った!ちょっと聞き捨てならないわよ跡部!」
「ああん!?」
「ちゃんとお母さんにお邪魔しますって上がって、田島さんにおいしいクッキーと紅茶も頂いたんだから」
「・・・今すぐ保健所に突き出してやるこの野良犬女」
「ほあひょっほあほべ、ひっはりふぎいひゃいいひゃい!」
したり顔で語るその頬を、容赦なく左右に引き伸ばす。
きゃいんきゃいん、と少女が涙目になった辺りで、止めた。
「んもぅ。相変わらずつめたいんだぁ。仲よき幼なじみに向かって」
「ただの腐れ縁だろうが」
家が隣。ただそれだけの関係だった。
幼い時はそれなりに密度の濃い交流もあったものだが、思春期を迎えれば男女の差があっさりと距離を広げる。
勉強にも部活にも妥協しない跡部が忙しいというだけでも充分な理由だが・・・跡部は内心、目の前の少女に他の理由も見出していた。
妥協がなく、厳格に、常に刺激と緊張感のある環境に住まう跡部と、この自由奔放な少女。
生活範囲も交友関係も離れていくのに、そう時間はかからなかったと思う。
しかし記憶の中の人間になったかと思えば、こうして何事もなかったかのように転がり込んで跡部の日常の一部をかき乱していく。
身近に(レギュラー陣の問題児として)そういうタイプがいない訳ではない、が。読めない少女である。
「おー?それ、皆から貰ったの?すごいねぇ。大漁だねぇ」
「面白がってんじゃねぇよ」
「いーじゃん。跡部が慕われてる証拠だよ?」
その他大勢のプレゼントがどうしたと言外に問うても、こうしてまったりとした返答でかわされる。
おまけに
「じゃあ、これー。私からね」
「あとべ。おたんじょーび、おめでと」
何の衒いもなく、こういう事をする。
未だベッドに半身を預けたまま差し出された小奇麗な包みに、跡部は思い切り顔を歪ませた。
(もう少し緊張とか、まともな渡し方できねぇのかよ)
「え?なに?」
「・・・俺様に献上するってなら、相応のモンなんだろうな」
「え?・・・んー。んーん。そんな大したものじゃないよ」
「アーン?」
「だめ?」
始末が悪い。
「えへへ」
無造作に包みをもぎ取った跡部を前に、少女がふにゃりと笑う。
敵わない。昔から。
で。
「なんで誕生日プレゼントにかつお節包んでくんだてめぇは!!」
「え、だって、こないだ商店街で美味いもの展やってて、あの、産地直送だよ!?えと、鹿児島!」
「俺が聞きたいのはそこじゃねえ!!」
あたふたと慌てる彼女を前に、跡部は青筋をこらえながら、うんざりと頭を抱えた。
敵わない。・・・本当に。
* * * * *
お誕生日おめでとー跡部ー!
リハビリも兼ねて短く(?)書いてみました。こういう野良犬的ヒロイン好きです。なんでもやらかしてくれるから(笑)。
皆様に少しでも楽しんで頂けましたらば~(^^ゞ